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雙峰祭ヒストリー

今年で42回目を迎える雙峰祭(そうほうさい)。 今でこそ数多くの企画を誇り、広い地域から沢山の方にご来場いただける大規模な学園祭となりましたが、その歴史はまさに山あり谷あり。 そんな雙峰祭(そうほうさい)のこれまでを皆さんに一部、ご紹介したいと思います。

第一回からのパンフレット

1975~

今から遡ること42年前。 筑波大学創立2年目の1975年に、第一回学園祭、 紫桐祭(しとうさい)が開催されました。 「筑波大学で学園祭を」という学生たちの思いから祭りの歴史は始まったのです。 そして、翌年から学園祭の名称は現在と同じ「雙峰祭(そうほうさい)」に変わりました。

1980~

第一回、第二回と大盛況に終わった学園祭も毎年上手くいっていたわけではありません。 一部企画の承認を巡って大学側から下された1980年と1984年の雙峰祭(そうほうさい)の中止。 これは学生たちによる自主的な活動としての学園祭のあり方を根幹から問い直すものでした。 1988年の雙峰祭(そうほうさい)は、昭和天皇のご体調の悪化に伴うイベント自粛の雰囲気の中開催されました。 「土浦花火大会の中止」など学生たちの身近に影響が表れてくるにつれ、学内では学園祭に関する流言や混乱が生じましたが、学生たちは開催の意志を曲げることはありませんでした。 このような様々な困難を乗り越えて、雙峰祭(そうほうさい)の土台はだんだんと築き上げられたのです。 当時のパンフレットからも、学生たちの学園祭にかける強い思いが伝わってきますよね。

1980年の雙峰祭のパンフレット

2001~

2000年の雙峰祭の様子

2001年からは、大学内での研究成果の公開を目的とした企画を「学術研究企画」として取りまとめ、筑波大学のアカデミックな一面として雙峰祭(そうほうさい)で押し出す試みが始まりました。 これは模擬店を主としていたこれまでの雙峰祭(そうほうさい)とは一線を画す企画でした。 学術研究企画は、今では10年以上続く雙峰祭(そうほうさい)の名物のひとつとなっています。 委員会開催企画には他にも、樽酒振る舞い企画など形を変えながら現在まで続いているものもあるんです。 そして2005年にはつくばと秋葉原を結ぶつくばエクスプレスが開業し、雙峰祭(そうほうさい)に非常に大きな転機をもたらしました。 かつては「陸の孤島」とも呼ばれた筑波大学ですが、都心への交通の便が格段に向上したことで、茨城県外からの来場者が雙峰祭(そうほうさい)でも急激に増加しました。 また、2013年の2学期制移行に伴い、雙峰祭(そうほうさい)の開催が10月から11月へ変更され、現在と同じ形式の学園祭が成立しました。

2000年の雙峰祭の様子

2016~

そして、現在。雙峰祭(そうほうさい)は400以上の多様な企画と、3万人以上の来場者が全国から訪れる学園祭に成長しました。 これまでの歴史の中で変わったもの、変わらないもの、どちらも今の雙峰祭(そうほうさい)の大切な一部となっています。 今回ご紹介したのは、その中のほんの一部でしたがいかがだったでしょうか。 当日は祭りの雰囲気とともに、紡がれてきた歴史の香りも楽しんでいただければ幸いです。